生産性重視から雇用重視へルール変更

仕事が出来ない奴を蹴落とし、排除する事で生産性を上げるという考え方は、
危険だ。

生産性の基準で人間を分類して、排除していく思想は昔からある。

多様な人間の多様な価値観が求められている。が、一方で均質な部品としての社員が蔓延っている。

ルールは多様性を排除しないものに変わる。それでも病気や障害としてレッテルを貼って排除する事に反抗していく。

部品や機械のような仕事が減っていき、多くの人間が職を失う時代だ。弱いものは先に職を失う。

それは未来の多数の人間だ。

資本家や経営者は少ない投資で利益をあげようと、従順な下僕に少ない給料を渡し、働かせる。

順応出来ない人は排除される現実は、ルール変更することでしか防げない。
障害者の就労支援って、チャンスがないだけで働ける、働く能力のある人をイメージしてる?

実際は仕事が出来ない、能力もない、それでも賃金は欲しい人への支援だと思う。
それを矛盾だと感じるようでは支援は出来ない。仕事が出来ない人が社会にいるのだから職場にも当然いる。
そう思わないと仕事ができる障害者しか支援出来ない。

それは人間を生産性の基準で差別してる考え方の押し付けなんだ。

障害を抱えていても配慮があるなら働けるという考え方でこれまできました。

しかしそれでは足りない。障害をある人を職場に迎える事が第一のルールで、障害や病気を抱える人に仕事を与えることが健常者や一般企業の責務だと思います。
障害者抜きで生産性を考えるのは脱税と同じような罪だと思います。

世の中は、能力もない人が多い。それでも働ける社会にしたい。

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