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8月, 2017の投稿を表示しています

計画と夢

★希望 1)人間関係
家族と暮らす
2)仕事
障害者のためになる仕事をする
3)健康
最低限の薬
4)精神・感情
肯定的になる
5)経済
年収500万円

他人にやさしく

幸せに生きるには、
他人に優しくすることを続けるしかない。
お金もない。仕事も知恵も能力もない。それでも他人に優しくする。ゴミを拾う。
挨拶する。そんな小さな事で、幸せになれる。それしか幸せに近づく道はない。勉強しても、
仕事しても、
政治しても、
物乞いしても、
他人に優しくすることで幸せを感じる仕組みを信じたい。

戦後25年(1970年)と戦後50年(1995年)の次は戦後75年(2020年)

日本は明治時代から欧米に侵略される危機にさらされ続けていた。 中国は、日本が侵略する前から欧米に侵略されていた。 日本は国際政治的に孤立して資源と市場を求めてアジアを侵略した。 しかし、中国の反抗とアメリカの原爆で敗戦。
中国もアメリカも数百年単位で世界を支配しようとする歴史観を持っている。 日本は、今の北朝鮮のように、強がって実際に戦争を始めたが、北朝鮮と同じくシナリオはなかった。
日本が世界で貧しい国にならないようにするには、戦勝国であるアメリカの言いつけを守り、中国の機嫌を取って身の丈にあった国策を取ることだ。

敗戦に至っても、なお守られた日本の資産家たちが、国家体制の維持という美名のもとで戦後も支配し続けた。

戦後25年(1970年)と戦後50年(1995年)では、 戦争にたいするイメージはかなり違う。
1970年では、闇市でのスイトンを模擬体験する若者がニュースになっている。
1995年では、村山内閣総理大臣談話「戦後50周年の終戦記念日にあたって」が発表される。
2020年は、オリンピックで浮かれていると思う。

日本は、世界で貧しい国ではない。 しかし、アメリカや中国と並ぶ国でもない。
戦争に負けたという体験が1970年には忘れられている。
1995年には、政治家も戦争をどう語るべきか迷っている。
2020年には戦争自体を忘れようとしているだろう。
戦争がなぜいけないか、
多くの国民が困窮した国策の誤りだったからだ。
北朝鮮が始めようとする戦争に反対する声は小さい。
日本にミサイルが落とされるならアメリカが北朝鮮に反撃するだろうと期待している。
日本が、世界平和を望む必要があるのは、 日本が戦争によって不幸になるときだけだ。

北朝鮮で戦争が起こっても、日本は困らない。
日本に爆弾が降るという危険がなくなるなら多いに結構。

朝鮮戦争が起こって特需があったような、北朝鮮特需があるとは 思っていない。

しかし、北朝鮮の起こそうとしている戦争は、 アメリカが、ロシア、中国の勢力と対抗するために朝鮮半島を二分して支配した 歴史の陰を引きづっている。

敗戦72年後の本当の敗戦

敗戦から72年。
天皇陛下が深い反省と仰っている。

戦後の日本は、軍事戦争こそないものの、
日本の経済戦争は、敗色濃厚である。

中国や韓国に後れを取っている経済分野が非常に多い。

国民の生活水準も韓国や中国に追い抜かれている。

この日本の将来展望の暗さは、経済戦争に負けているからなのだ。

真に反省しなければならないのは、
天皇陛下ではなく、
日本の国家戦略に無策で、
アメリカのいいなりで、一部の金持ち優遇の政策を続けてきた
日本官僚と政治家だ。

国家間の貧富の差も、歴史や資源の不公平によってもたらされる。

70年という短い間に、
アジアの覇者を目指した日本が、
アジアの小さな島国の一つに落ち込んだのはなぜだろう。

日本の100年の計画を見ずに、アメリカの顔色を伺い、
おこぼれを貰うだけで生活が維持できた平和があったからだ。

これから先は、アメリカは中韓を重視するだろう。

日本は、この先、観光で食べるアジアの不思議な国になる。
そこへ、欧米や中韓の旅行者や投資家が
買いあさる。

日本人は再び、「ギブミー チョコレート」と言うだろう。

戦後はこれからなのだ。





稼げない障害者の雇用を考える 経済と障害 インフラと税 福祉と資本主義

障害とは稼げないことと似ている。

多くの障害者は、稼げていない。
一部の成功者が発達障害だった、という美談はあるが、
ほとんどの発達障害者は、低収入だ。

発達障害だけでなく、精神障害、知的障害等の見えない障害は、
優遇や配慮がなくては、対等に稼げない。

それを障害者年金で補っているという見方もある。
しかし障害者年金を受給できない障害者もいる。

働かなくては収入がないのに、
働こうとしても障害のせいで、満足に仕事ができない。

能力の差が収入の差だから仕方ない、というのが
一般的な意見だと思う。

しかし、それでは解決できない問題もある。

能力や教育や環境は生まれつき大きく偏っている。
それを野放しにして競争すれば、

能力がある人が稼げるのは当たり前だ。

労働や経済やお金とは何だろう?

生きるための道具の一つだ。


能力がないから、稼げない。だから困窮して、排除されて、未婚で、子育てもできずにいて当たり前。という流れは、

障害者は、他人に迷惑をかける存在だ。
障害者は、生きている価値がない。という思想に近づいている。


経済やお金は能力に恵まれない人にも配分することで、
全員が生活を楽しめる社会を作る道具だと考える。

ピラミッド作りが公共事業だった話は有名だ。
洪水で農業ができない時期に、生活を安定させるための事業だった説だ。
それは、税金や富を再配分する仕組みで、当時の社会を支えていた。


今は、ピラミッドは造らないが、雇用を生み出す公共事業は多い。
インフラを建築するイメージの強い公共事業だが、

雇用を生み、働けない労働者に富を再配分することが目的なのが、
税と公共事業だ。

インフラを保守する企業、行政、教育、金融インフラ、通信インフラを支える企業が、
高い収益を上げるのは、
その収益モデルが、税と同じように広く国民から徴収する仕組みがあるからだ。

東京電力などが、代表的なインフラ企業だ。

そんな集金マシーンを持つ企業は、なぜ高収入を維持できるか、
再考すべきだ。

重要な仕事だから高収入だ。という考え方では、釣り合わない。
インフラが稼ぐという社会は、おかしいと思う。

どうおかしいか?
独占されているインフラ。工夫やチャレンジの結果ではなく税や国策で整備されたものを使って、逃れようがない消費によって収益をあげるモデルが、非人間的だ。

稼げない障害者は、そういうインフラ企…

業界ごとに障害者雇用率を定めるべきだ

貧困を抜け出す方法として語られるのは、フリーランスとして自営業を始める。
会社員をしながら時給制でない収入を確保する。どちらも能力ややる気があるのに貧困になっている会社員を想定している。私は貧困の多くは障害と関係があると思っている。働く能力がない!働ける場所がない。だから貧困になっている層だ。普通に正社員で働けるのに貧困とは思えない。非正規労働者を続ける、またはそれすら続けられない障害者がいる。精神障害は、人口の数パーセント。およそ200万人。
発達障害や知的障害もいる。正確な数はわからないが500万人は、いるだろう。
女性は性風俗産業の食い物にされる。
男性は就労支援福祉に望みを托す。どちらも出口のない貧困の入口だ。
貧困から脱出することを本気で考える福祉など見たことがない。
障害者にとって年収100万円が高給なのだ。高給は、
インフラ、教育、金融、ITの大手企業の40代が貰っている。
飲食店バイト、運輸、介護福祉、生活サービス
は総じて低収入だ。
インフラ系大企業を始めとした高給企業に入る事が障害者にとっても貧困脱出のチャンスだ。インフラ系大企業側は障害者を大量に受け入れていかなくては社会の責任を果たしていない。ガス、電気、電話、通信、高速道路、水道、学校、大学、教育委員会、公務員、銀行、証券、農協、ポータルサイト、ビジネスソフト、インターネット、
インターネット通販等を狙い撃ちで障害者が就労できる環境を整えるべきだ。
業界ごとに年収格差があるのが事実なのだから、
障害者雇用率にも格差をつけるべきだ。
儲かる分野にこそ障害者雇用をしっかりやってもらう。

馬鹿や口下手の叫び

どこにいても自分の馬鹿さ加減が情けない(>3<)馬鹿な人間だから不安で勉強した。けど馬鹿は直らない。馬鹿の血が私には流れている。両親の会話の不毛さは私に馬鹿を自覚させる。どうしてこんな一家が何十年も続けられたんだろう。
会社でも馬鹿を自覚せざるを得ない。
ボランティアサークルでも同じ。私はどうしてこんなに馬鹿なんだろう。才能を伸ばす事も出来ず、ぼんくら呼ばわりされて、楽しい事も見つけられずに。
いっそ、ミサイルでも落ちてきて、
東京や名古屋が壊滅してしまえば、
馬鹿が目立たないだろうか。
人生を、休日も楽しめない。仕事も出来ない。寝ることも苦痛。いったい、どうすれば良いんだ。


生産性重視から雇用重視へルール変更

仕事が出来ない奴を蹴落とし、排除する事で生産性を上げるという考え方は、
危険だ。生産性の基準で人間を分類して、排除していく思想は昔からある。多様な人間の多様な価値観が求められている。が、一方で均質な部品としての社員が蔓延っている。ルールは多様性を排除しないものに変わる。それでも病気や障害としてレッテルを貼って排除する事に反抗していく。部品や機械のような仕事が減っていき、多くの人間が職を失う時代だ。弱いものは先に職を失う。それは未来の多数の人間だ。資本家や経営者は少ない投資で利益をあげようと、従順な下僕に少ない給料を渡し、働かせる。順応出来ない人は排除される現実は、ルール変更することでしか防げない。
障害者の就労支援って、チャンスがないだけで働ける、働く能力のある人をイメージしてる?実際は仕事が出来ない、能力もない、それでも賃金は欲しい人への支援だと思う。
それを矛盾だと感じるようでは支援は出来ない。仕事が出来ない人が社会にいるのだから職場にも当然いる。
そう思わないと仕事ができる障害者しか支援出来ない。それは人間を生産性の基準で差別してる考え方の押し付けなんだ。
障害を抱えていても配慮があるなら働けるという考え方でこれまできました。しかしそれでは足りない。障害をある人を職場に迎える事が第一のルールで、障害や病気を抱える人に仕事を与えることが健常者や一般企業の責務だと思います。
障害者抜きで生産性を考えるのは脱税と同じような罪だと思います。
世の中は、能力もない人が多い。それでも働ける社会にしたい。

日本の過去と未来の愚痴

日本は調子の乗ったのでアメリカに原爆を落とされました。
その後、アメリカの助けを受けて復興しました。こんな歴史観しかないわ。明治以来、アジアは欧米列強の食い物にされつづけた。
日本は中国の利権を巡って欧米と対立。
日本は小さな島国なのにアジアの覇者を目指した。
アジアは欧米列強に従うより日本の支配を受け入れると、勝手に思い込んだ。日本の官僚はアジアを救う聖戦を演出した。
ちょうど今の政権が働き方改革で、人気取りをするように。働き方改革を進めたら良いことがある、良い未来へ導いてくれる、だから盲目に従おうって思う。戦時中の日本の未来の輝きを信じた国民とどれほど違うんだろう。
働き方改革が輝きある未来と繋がるとは思えない。日本は働きづらい生産性の低いアジアの老衰国だ。働き方を改革するのは、金持ちが金を稼げるように。そのために税金を使う口実を作っている。障害者や高齢者は働けない。それでもそれは聖戦の為の錦の御旗だから掲げる。実際は歯を食いしばって働く人に少ない賃金を分け与え、奴隷を飼い馴らすだけだ。テレビとネットという娯楽で、夢を与え、
今の体制を批判すると障害者や不適応者として差別される現実。身分制度。士農工商とその他。それは現代でも同じ。私のような結婚難民は不適応者として見られてる気がする。
出口のない現実を離れて、夢を買うのにもお金がかかる。華やかな芸能界も金持ちから見たら単なる娼婦。貧乏人がサッカーや野球で成功するのは、宝くじと同じようなガス抜き。実際は何の才能もなく、底辺で働くしかない。

僕は仕事ができない

仕事ができない。正確に言うとクオリティーが低すぎて雇ってもらえない。仕事って難しい。
エクセルの表で書類やその後ろの人を管理する。すごく失敗が多い。
送るべき書類。
送るべき相手に送るべき時期。
入れるべき日付。
入れるべきチェック。
高々100人のデータ管理で、間違いやミスがいっぱい。書類に誤字。
メールに誤送信。どうしてこんなにミスが多いんだろう。エクセルの力もない。電話や打ち合わせで、アイデアや提案も出せない。言われた事も出来ない。よかれと思ってやって怒られる。工夫をこらすと時間に遅れる。単なる作業も無駄に考えて遅れる。遅いしクオリティーも低い。
これじゃあ事務職やってられない。
かといって、これまでホームセンターの品だしもしくじり、飲食店もしくじった。得意な仕事もない。
痴呆老人と同じレベルで、
生きてるのがやっと。
お金を稼げる状況じゃあない。でも持ち家と親の年金で、なんとか食べている。親の亡くなった後は困窮者だわ。
仕事も出来ない。
収入もない。
未来の展望は真っ暗。何のために勉強したのかね?
恥ずかしくて塾の先生も出来ない。
貧乏って恥ずかしい(->_<-)馬鹿や不適応者のなれのはてが困窮者。引き潮のように周りから人がいなくなり、気付けば福祉の食い物に。
かわいそうに、哀れみを受ける。福祉の人の目は苦手。
情けない人生。
生きていくのは辛い(≧ω≦)

寒い冷房とお休み

この時期、喫茶店は寒い冷房が効いている。
長居できない。雑誌も新聞も
おもしろくない。なんだか寂しくミジメな気分になる。
夏バテしている。楽しい事もなく、おいしいものもない。ただ、べとべととする肌と服を冷房が冷やすだけだ。寝ているときも悪夢ばかりだ。起きている時も不愉快。
旅行ができる時間はあっても金やパワーがない。
眠たくなる。
生きているのか、死に向かっているだけかもわからない(゚ω゚?)
とにかく、休みだ。ゆっくり休もう。

懐メロを聴くとき、古い歌手を聴くとき

40代から耳の老化は始まっている。
最近の音楽が、つまらなく感じられたリ、
過去の音楽に新鮮さを感じられなくなったりする。

それは耳の老化のせいかもしれない。
高音を強めて再生してあげると、

過去の思い出が甦るように思える。

ああ、昔、この曲、この歌は、こんな印象で聴いたって
思えるんです。

最近の若い歌手を聴くときと

40代、50代以上のベテラン歌手を聴くときでは
音質を調整しないと、
素直に比較しては、可哀想だ。

ヒントは、加齢によって耳が高音を聞こえにくくなる。

最近のAV機器は重低音を強調しているように聞こえる。

昔から本格オーディオや生音バンドで聴いていた人は、
別として、

私は安いラジカセで育ったので、
今のオーディオの重低音がずっと不快だった。

「9.5カラット」という井上陽水のアルバムがあるが、

当時は軽く歌っているっていう評価だったように思う。

あれは、20代以下には軽く、40代の陽水と同世代には
ぴったりの音質に設定されていたのではないかと推測している。


その後の陽水さんのアルバムは全体的に重低音が強くなって、

もごもごした印象で、清新な印象はなくなっていった。
大人の深く重い声だと思っていた。

しかし、それは私の耳の老化
陽水さんの耳、レコーディングエンジニアの耳の調整
オーディオの進化など
の影響がありそうだ。

どのアルバムで、どのくらいイコライザーが必要か?

どのオーディオが、一番最高の音を再生するか?

20代以下の耳が正しいのか?
30代以上の耳が成熟しているのか?

音楽から受ける印象で評価したり、
音質を可視化する技術で評価したりできる。

音楽を熱心に聞いていた20歳の頃の感性を信じたい。

あの頃、聞こえた音を再現したい。

感動も再現できそうな気がする。

古い歌手を聴くとき、
古い歌手が懐メロを歌うのを聴くとき、

高音を強調すると、喉の詰まりまで聞こえるようなときがある。
それは、下手になったなあと思うのも良いだろう。

耳の老化とイコライザーアプリ

耳が老化しているようだ。
イコライザーのアプリをインストールした。昔、聞いたけど最近、あまり感動しなくなった歌を、聞きなおして、昔の感動を思い出している。
高音が聞きづらくなっている。
そのせいで音のバランスが変わって、感動した曲も、雰囲気が変わって聞こえている今の私。20歳の頃は、バッハの指揮者でいうとカール・リヒターに感動してJ.E.ガーディナーが軽く、
か細い、若々しい、味わい深くない音に聞こえていた。
が、今はリヒターが重すぎて、ガーディナーがちょうどいい。全く感動する指揮が違う。加齢によって音の聞こえ方はこれほど違うんだな。
指揮者やレコーディング・エンジニアの耳はどう聞こえているんだろう?
何歳の耳に合わせて作っているか気になる。重低音より高音を強調してちょうどいい。老化だな。

○○士っていう資格ビジネスの空想

資格ビジネスに興味を持つ。
ネーミングが大事なんだろうが、今はまだ浮かばない。とりあえず活動士としておく。大学教授と近づいて権威を味方にする。
愛知県や名古屋市の担当課にも近づく。
認定資格を作って研修を有料で開催する。
講師は、外部の大学関係者。
団体は、社団法人になる。
公認を出したり、企画をする。
収入は団体に入って講師には寸志を渡す。
対象は、
1)障害者を雇用したい企業関係者。
2)障害者を訓練する支援者。
3)自助会を立ち上げたい障害者。
3級活動士(企業内で働く障害者を支援できる)
2級活動士(福祉施設等で訓練している障害者を支援できる)
1級活動士(すべての障害者を支援できる)
と名乗れる。団体運営委員は1級。
これから3級を中心に研修を整備する。
研修は一人3万円から8万円程度。
定期的に有料会報を発行する。
年会費1万円。
1級になると2級、3級を指導できる。金儲けよりボランティアが尊いような気がしてましたが、
シビアに金儲けに走った方が、経営は安定します。
運営局のお金が心配です。助成金が必要なら書類は書きます。
研修は、座学とグループワーク。
障害概論
心理学
福祉概論
障害年金ファイナンス
当事者活動論
障害者就労論
医学薬学
就労継続支援作業所見学
当事者発表支援
当事者交流活動支援講師は大学の先生、医学、心理学、福祉、薬学等の専門家に依頼。
初期費用として講座内容打ち合わせ。
専門家への依頼。
周知広告。
ホームページ。
会場費用。
ブランド力を高める方策。
議員を招くパーティー。
全国展開を視野に海外からの権威付け。
イタリア、ドイツ、アメリカ、北欧。
まずは名古屋で初期活動。
数年後には東京進出。目標は世界で有名なスタンダード資格になる。
ちょっと言い過ぎました。大風呂敷は嘘臭くなってしまう。一年に三回の研修時期を設けて、
一回10人から50人。
年間200万円の会費研修費収入を見込む。
計画は楽しかったけど実行力は伴わないんだよね。誰かブルドーザー的な実行力のある協力者を求む。

秘密のお茶会

某所でお茶会に参加した。お茶とお菓子をいただきました。のんびりした時間と珍しいお道具や掛け軸などを拝見しました。ようやく数回行っただけで作法もわからないし、最低限の道具も持ってない。けど自由で優しい雰囲気で安心してお茶を飲める席です。相当、お道具にも凝っているしお菓子もおいしかった(^~^)茶道っていうのはおもてなしだからお客として迎えられると気持ちがいいね。
詳しくは、書いちゃいけない秘密のお茶席らしい。口コミの紹介で広がるお茶の先生です。お父様からお道具等を引き継いでお茶席を開く先生で、独立系の優しい先生です。
お茶がすきな友人と久しぶりに会ってお茶談義を聞きたいね!

バッハは天才だわ カンタータのレベル高すぎ

Bach: Cantatas BWV 83, 82, 125 and 200 

と 

J.S.バッハ:カンタータ集7BMV36/61/62 J.E.Gardiner 

どちらも
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ, ジョン・エリオット・ガーディナー & モンテヴェルディ合唱団  

合唱部分を聴いてみた。なかなか良いのぉ。安定している。

バッハは天才だわ。

カンタータって教会の音楽を毎週書いていたらしい。

すごすぎる。

当時の音楽はパクりや盗作も当たり前と言われているが、

でも楽譜は手に入らず、耳で聴いてコピーしたり、

バッハの音楽に消化・昇華させている。

毎週、作品を作ってそれが、どれもレベルが高い。

イギリスのガーディナーさんは、バッハのカンタータを全曲録音したらしい。

それもすごいが、録音に耐えうる名曲ぞろいなんだろうね。

自分のちっぽけさを思い知るわ。

バッハの天才の前と後には、一つの作品も残せない、無名な作曲家が山のようにいただろう。数十年に一人しか有名作曲家って現れない。

私も無名の石ころとして、人生を楽しみ、全うしたい。


ネットラジオとスピーカー

スマホでカメラにこだわるよりも音響にこだわる。
カメラはアップロードする時に大きなデータは不便。
けど音響スピーカーにこだわるスマホってあまりない。
スマホって小さいボディーだからスピーカーにこだわるには限界がある。イヤホンから聞くからね。自宅のラジオをAMで聞くと雑音が入ったりクリアじゃなかったりしています。だけどラジオには割と大きなスピーカーがついてるから、聞きやすかった。それがスマホのスピーカーでラジオを流すとどうも聞きづらい。クリアなんだが音響スピーカーがショボい。
Bluetoothでスピーカーに飛ばすのも面倒だ。そんな面倒くさがり屋の音響好きのためにネットラジオ専用機を充実させて欲しい。ネットラジオってインターネット初期からあるみたいだから、機器も古い。最新のネットラジオが欲しい。カセットWALKMANよりも大きくてCDラジオカセットレコーダーよりも小さいぐらい。据え置きでコンセントプラグと繋いでスピーカーが充実してて音響をアレンジできる。年よりの耳にも優しく設定も簡単でラジコとらじるらじるに対応してほしいね。物理的なボタンも簡単で良いかも。シャープさん、SONYさん、売ってみてください。一部で受けると思います。